低体温症(ハイポサーミア)は雪山だけの話ではありません。夏の海やプールでも低体温症になることがあります。低体温症の仕組み・症状・予防法・応急処置とともに、私自身が低体温症で溺れかけたときのことをお話します。
研究テーマ「低体温症・ハイポサーミア」
今回の研究テーマは「低体温症・ハイポサーミア」です。低体温症という言葉を聞いたことありますか? 雪山登山の遭難事件でご存知かもしれません。でも冬の山だけでなく海やプールでも非常に怖い症状です。低体温症についての知識がないと下手したら死にます。やばいです。今回は水中における低体温症について、また私自身が低体温症で死にかけた体験をお話したいと思います。
25度は寒い? 温かい?
突然ですが想像してみてください「25度の温度」。25度の温度と聞いて、あなたはどう思いましたか? 冬の季節の暖房設定の温度としては高い方ですよね。私はだいたい冬場はいつもエアコンの設定温度は20度ぐらいにしてます。でも初夏の気温としては気持ちいい、過ごしやすい気温じゃないでしょうか。
でも水の中ではどうでしょう? 25度のお風呂って入れます? 冬場はヒヤッとします。夏のプールだとちょっと冷たいかな。ちなみにサウナの水風呂は15度から20度。めちゃくちゃ冷たく感じますね。サウナで温まっていないととても入れない温度です。
同じ25度と言っても、気温と水温では全然感じ方が違います。この違いはなぜなんでしょう? これを頭に入れておかないと死に至る大変な事態になりかねません
低体温症(ハイポサーミア)とは?
低体温症は英語でハイポサーミアと言います。海上保安庁のサイトによると
ハイポサーミアは全身が長時間寒冷環境にさらされ低体温(35度以下)になった状態
と書かれています。この35度という体温は体の奥の体温深部体温が35度ということです。内蔵や脳などの体の奥の温度は、だいたい36.5度から37度なんですね。これがたった1〜2度下がっただけで低体温症になるんです。
低体温症の症状
1〜2度の差が結構な大事になります。症状としては1度下がった時点でガタガタと手足・全身が震えて止められなくなり、思考力や判断力、運動能力が低下します。
2度下がると五感の能力が著しく下がって、うまく体が動かせなくなります。そして体温が33度まで下がると意識がもうろうとして痛みを感じなくなり、全く体が動かせず、やがて意識を失い昏睡状態になって最悪命を落としてしまいます。
たった1〜2度体内の内部の温度が下がっただけで死にかねない──って……。人間はものすごくすれすれのところで生きていると思いませんか?
夏の海やプールで低体温症?
よく低体温症・ハイポサーミアというと、雪山の登山を思い浮かべる方が多いですね。でもたとえ炎天下の夏の海水浴でも、低体温状態になって救急車で担ぎ込まれたりします。
えっ、真夏なのに低体温?──って思いませんか? 実は夏でもハイポサーミアになることがありますし、秋冬の温水プールでも低体温症になる可能性があります。それはなぜでしょう?
水と空気の熱伝達率の違い
この理由は水は空気の20倍も熱伝達率が高いからなんです。熱伝達率というのは簡単に言うと、物質間での熱の伝わりやすさのことです。水は空気よりもずっと熱が伝わりやすいんですね。だから水はどんどん体から熱を奪っていきます。
これが冒頭に言った水と空気の温度の感じ方の違いです。気温25度の室内なら快適でも、水温25度のプールだと寒く感じるんです。例えば25度の水に裸で浸かっている人は、気温5度の空気中に裸でいるのと同じという説もあります。気温5度に1時間裸で立っていられますか? でも水の中だと油断しちゃうことも多いんです。
低い水温での生存率は?
人間は恒温動物で体温が一定です。でも体温を維持する能力は万能ではありません。人間は常に熱を作り出していて余分な熱を体の外に放出しています。周りに水がある状態だと、その熱は空気中よりも効率よく伝わって冷たく感じるんです。
では水温がかなり低いときには人間はどうなるんでしょう? たとえば水温が5度の冬の湖に素っ裸で飛び込んだ場合、特別な訓練を積んだ人以外は30分ほどしか生存できません。
また水温15度の場合は2時間で危険な状態になります。なんとか病院で息を吹き返したとしても重大な後遺症が残ってしまいます。
南国の海なら大丈夫?
じゃあ30度もある温かいプールや南国の海なら大丈夫じゃないの?──って思いますよね。
いえいえ そんなことはありません。たとえ30度の水温でも人間の体温とは6度以上の開きがあります。そして先程言ったように、水は空気よりも20倍も熱が伝わりやすい性質があります。どんどんと熱は奪われていくんです。たとえ30度のプールや海でも長時間浸かっていると寒さを感じてきます。
それにたった1度体温が下がっただけで、人間の体は異常を起こすという非常に繊細なメカニズムで動いてます。だから夏の海やプールでも低体温症になることは十分考えられるんです。夏でも冬でも水の中に入る人はこのことをしっかり頭に入れておかなければなりません。
低体温症予防法
ではどうやって低体温症を防ぐことができるのでしょうか? まず冷たいと感じる水温の場合はできるだけウェットスーツなど保温性・防寒性のあるウェアを身に着けましょう。
ただしラッシュガードには防寒性がなく、あまり効果がありません。ラッシュガードというのは名前の通り、ラッシュ(日焼け)をガード(防ぐ)する衣服です。ないよりはマシかなと思いますが、例えて言うなら真冬に素っ裸で外にいるよりは、Tシャツと短パンを身に着けていたほうが若干寒くないのと同じです。まあでも寒いですよね。
早期発見が大事!
はいそして早期発見、自己観察が重要です。手や指がガタガタ震え始めたり、歯がガチガチ鳴って止まらなくなったり、全身に力が入って心拍数が上がってきたり、唇が紫色になってきたら……。それはハイポサーミアの初期段階です。この段階で海やプールから上がってください。
こんなの大したことない! 気合だ! とか思ってると、どんどん低体温症が進行してしまいます。自分の身体の様子だけでなく、周りで泳いでいる人の様子も観察してみましょう。
周りにいる人も観察しましょう
というのも低体温が進行し始めると意識がぼーっとしてきて自分で判断できなくなってくるからです。呼びかけても受け答えが遅かったり、相手がぼーっとしているときにはすぐにその人を船や陸に上げてください。
それから陸上でも浜辺で風にさらされたり船の上で風に当たっていると、気化熱で体温が奪われていきます。すぐに濡れた水着やウェットスーツを脱いで身体を拭いて乾かしましょう。暖かい服に着替えない限り熱は奪われ続けます。それでも寒ければ、使い捨てカイロなどを足の付け根や脇の下などに当てて、毛布などで身体を温めてください。
この場合はすぐに救急車を!
服を着替えても震えが止まらず、血の気が引いて顔が真っ青な時、意識が混濁している場合は迷わず119番で救急車を呼んでください。海の上なら海上保安庁の118番に電話です。自力で体温を戻せない状態です。
さらに呼吸が止まっている場合は人工呼吸をします。一刻を争うのですぐに行いましょう。マーメイドの方は水温の低い水族館のショーで泳ぐことがあるかもしれません。水槽の温度はプールよりもずっと低いです。じゃないと魚が煮えてしまいますからね。だからよけいに気をつけないといけません。
女性は寒さに強い?
あと余談ですが、男性と女性では女性の方が寒さに強いと言われてます。海産物を潜って採る海女さんはだいたい女性ですもんね。南の海に行くと男性の漁師さんの海人もいますが、日本とか韓国の海女さんは女性が圧倒的に多いです。
女性の方が脂肪が多いからかもしれませんが、一方では男性の方が筋肉量が多いから熱を作り出す能力が女性よりも高く、耐寒性があるとも言われてます。どっちにしても男性も女性も低体温症の知識・予防法・対処について知っておいて損はありません。
意外に知られていない低体温症
低体温症の怖さをさんざん言いましたので、恐ろしくなってしまった方もいらっしゃるかもしれません。でもその怖さの割に、意外に一般に知られていないんですよね。特にマーメイドスイムやスキンダイビングでは、ビキニやブラにマーメイドテイルなど薄着で潜ることが多いので、これは重要な知識じゃないかなと思います。
私の低体温症体験
こういう真面目な話題は動画としては全然伸びないんですが、あえてお話しました。というのも私自身このハイポサーミアを経験してるんです。
私が17歳の頃。アメリカのタホ湖というカリフォルニアの大きな湖で泳いでいた時に、低体温症で溺れかけたんです。私はそんなに運動神経は良くないんですが、泳ぎには自信があったんですね。だから友達といっしょに、タホ湖でガンガン潜って遊んでたんです。
でもある地点で急に水温が冷たく感じたんですね。「わっ 冷た!」って思って慌てて浮上しようとしたんですが、うまく手足が動かなくて全然進めなかったんです。どんどん身体が沈んでいって、見上げると水面で太陽がキラキラと輝いていて、すごく綺麗で「これが最期に見る景色だからちゃんと見ておかなきゃ覚えておかなきゃ」となぜか思いました。死んだら覚えるも何もないんですけどね。
サーモクラインとは?
結局周りの友達が気ついて助けてくれて、その後なんともありませんでした。17歳で若かったし、すぐに回復しました。
後から考えると明らかに低体温症でした。特に湖に多いんですが、急激に水温が低くなる境界線があるんです。この境界線をサーモクラインというんですが、それを超えて潜ってしまうといきなり冷水に放り込まれたようなものなので、ショック状態に陥ってしまうんです。
手足が動かなくなって意識がもうろうとするから、「この景色をちゃんと覚えておこう」──みたいな訳のわからないことを考えたのかもしれません。
泳ぎに自信があっても低体温症には要注意!
だから油断大敵です。たとえ泳ぎに自信がある方でも、知らないうちに低体温症になってたりします。頭がうまく働かないからです。ある意味ブラックアウトよりも怖いかもしれませんね。気が付かないうちに死ぬんだから、ホント怖いです。お互い気をつけましょう。
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ロケ地
自宅(蒸気邸)